兄弟揃って大物に

芸能界といえば兄弟で活躍をしている、なんて話も度々耳にします。実際声優業界にも実は兄弟・姉妹・姉弟だった、なんて話もよく聞きます。この方も同じだ、兄に先に紹介した納谷悟朗さんを持ち、後に自身も声優業界において大物として扱われることになる『納谷六朗』さんだ。

兄弟揃ってここまで有名人になるというのも中々珍しい話、というのも例外ではないでしょう。実際に芸能界にも兄弟揃ってブレイクしているケースは度々見かけられますが、納谷六朗さんの場合だと声の仕事というのは、本人的にも得意ではない、むしろ苦手意識すら感じていたと語っているほどだ。当人も声優というよりは俳優という認識が強く、また兄である納谷悟朗さんと違って黎明期頃から業界で活躍していたわけではなかったのです。

それが突如として売れてしまったのだから、摩訶不思議な話と言えるかもしれません。

いい声を出したい方へ

色々とエピソードがある

納谷六朗さんといえば代表作は何かと聞かれると、一気に世代が分かれると思います。個人的に納谷六朗の代表作といえばクレヨンしんちゃんの『園長先生』だ。顔は極道、心は一般人というアンバランスさが話題を集めて人気を博していますが、こっちじゃないという人も当然いるでしょう。

そうしたエピソードも含めて、納谷六朗さんという業界人とはどういう人なのかという点を調べてみると、面白いと感じるもの、意外と感じるもの、様々な話がある。

声優としての第一歩

納谷六朗さんが声優として活躍を始めていたのはそれなりに早かったが、有名というものといえば特撮ヒーローものの代表作でもある初代仮面ライダーだ。藤岡弘さん主演の作品だが、収録を行っている最中に藤岡さんがバイク事故で入院する事態になり、映像素材へのアテレコを本人が行えなくなってしまった。そんな時代役としてあてがわれたのが納谷六朗さんだったという。ただ同作品には兄の悟朗さんがショッカーの首領役で出演しており、当時のスタッフは知らずに代役を依頼したという話がある。

事実かどうかは分かりませんが、兄弟での共演を果たすことも多かったという話もよく聞きます。ただこの頃は声の仕事に苦手意識をを感じていたこともあり、抵抗感を持っていたという。ただこれより先に生まれた作品の中で、アニメ作品の声優という肩書を得ることになった代表作が待っていた。

聖闘士星矢との出会い

声優としての知名度が上がるきっかけになったのは、納谷六朗さんが50代という年齢になった頃だ。その当時、何故自分が選ばれたのかわからないとまで思った作品にて、主要の敵キャラクターへの抜擢が決まった。その作品とキャラクターとは『聖闘士星矢の水瓶座のカミュ』というものです。

納得する人もいるでしょう、先に話した世代が分かれるというのはこういう意味だった。当時アニメキャラの声優に抜擢されて、役者仲間からからかわれたといいますが、その後の作品人気とキャラ人気によって若い世代にもファン層を築き上げることに成功し、遅咲きながら声優として大成を果たしたのです。本人も五指に入るほど代表的なキャラクターと言うだけあって、思い入れも非常に強いという。

お兄さんとの共演も

納谷兄弟、などという言い方も失礼かもしれませんが、それくらい業界では声優として売れている兄弟という代名詞が似合っていました。そんなお二人、デビュー当初から共演しており、六朗さんがアテレコの仕事を請け負うようになってからも度々悟朗さんの代表作であるルパン三世に出演するなどしていたという。

そういう意味ではそれぞれの存在感は良い刺激だったのかもしれませんね。

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後を追うように

兄である納谷悟朗さんが2013年に逝去し、その1年後には六朗さん自身もまた体調不良を訴えるようになった。検査結果で肺炎と脳梗塞を発症していたことが判明し、治療を受け続けていましたが治療の甲斐虚しく、2014年11月17日に六朗さんも他界してしまいます。

兄弟共々声優業界に大きく貢献し、後進の育成もさながら多くのファンたちに支えられていた大物兄弟声優の死去、この件もまた悲しみに暮れた人も多かった。