長く愛され続けているからこそ

内海賢二さんといえばラオウ、小川真司さんといえばシュトレーゼマン、たてかべ和也といえばジャイアン、といったように声優さんにとって代表作というのはとても大事なことだ。その印象が強すぎると仕事に影響をきたす、ということもありますが、名前を知ってもらうという意味では非常に効果的です。ここで紹介しているベテラン声優の方々は既にイメージが固定されていたので、1つの役で仕事が限定されるという障害を負うことはありませんでした。実際、あまりに人気になりすぎて役柄のイメージとのギャップから仕事を任せられない、といったような需要と供給の問題に晒されている声優さんというのはよく聞く話です。けれど国民的な作品に出演していればそれ一本だけで生計を立てることも可能だと言っても良いアニメ作品であればまた話は別だ。

この方もまた日本は勿論、世界的に見ても日本の有名作品の1つとして取り上げられるルパン三世、それに出演していた『納谷悟朗』さんでしょう。ルパン三世の初代銭形警部、これだけ言えばイメージはすぐに湧くはず。ただ納谷悟朗さんも俳優という仕事から入ったこともあってか、自身を声優として捉えられることを嫌い、自分は俳優だという自負が強かったというエピソードがある。また声だけで演じるということについても、実は非常にドライな思考で捉えていたのです。

いい声を出したい方へ

声優ではなく俳優として

納谷悟朗さんのデビューもまたたてかべ和也さんや内海賢二さんと同様、俳優としてデビューを飾っている。この方の場合、メディアはメディアでも銀幕デビューという映画俳優としてが芸能人生の第一歩なのだ。スケールが違いすぎるというところですが、その後キャリアを重ねていくことによって声の仕事も担当するようになっていくと、その比重は俳優よりも断然増えていったのです。そのため、生前の殆どの人は納谷悟朗という人を‘俳優'ではなく‘声優'として見ていた。それは筆者もそうだったが、調べていくと納谷さん的にその呼ばれ方は忌み嫌うものだとしていたのです。

実際にあったエピソードでは、『声優の納谷悟朗』という肩書で呼ばれた際には激怒して帰ったという話もあるほどで、自分は‘声優'ではなく‘俳優'だという自負が非常に強かったのだ。言われてみると当時はまだそこまで主流ではなかった事もあって、声の仕事というものが裏方的なものだというイメージが強いことも伺わせます。

疑問にすら感じていました

そんな本人の思いとは裏腹に声の仕事で着実人気を重ねていった納谷さん。銭形警部という役もそうですが、他にも宇宙戦艦ヤマトにおいて艦長の『沖田十三』を演じている。その頃には既に有名声優という肩書が強かったが、どうしてこんな仕事で人気があるのだろうと、そんな疑問がついて回っていたようだ。本人が俳優だという気持ちが強いからこその思いになりますが、それだけ演技する上でただ声だけ出していれば良いというわけではなく、全身を使った表現力の重要さがどれだけ大事なのかというのを教えてくれる。

生前では、今後の声優業界というものの将来を危惧しており、声の仕事以外にも舞台などに出演して俳優としてのスキルも高めるべきだと、そう後進にも指導していた。

役作りに対して

納谷悟朗という俳優を語る上で、もう一つ知っておきたい点は『役作りにこうだというこだわりを持たない』ということです。手抜きとかそういうことではなく、ただ指示があればそれをこなすだけだというスタンスを取っており、その演技が後からどのように評価されるかはお客さん次第だと、そのように見ていたのです。自分で善し悪しを決めるのではなく、見ているお客さんが納得すればこそと思っていたという。

意外と言えば意外なエピソードかもしれません、ですがそういう方だとするなら納得させられるだけの演技をしていたのだから、凄い話だ。そういう意味では仕事に対してドライな側面を持ちながらも、演技に関して言えば真剣に取り組むのなら声だけに焦点を絞るな、ということを熱心に訴えかけていたのかもしれません。

声の仕事につくには

早い段階から

ただそんな納谷悟朗さんを悩ませていたのが、連続した大量不良だった。1985年には胃潰瘍で入院して半分摘出する手術を行ったせいで、体力低下と共に声量も低くなってしまった。その後も胃がんなどの手術を行いながらも懸命に仕事を続けていましたが、2009年には体調不良が悪化したため俳優業を引退し、声優業に専念することになります。ですが身体がかつてのように回復すること無く、2013年には慢性呼吸不全によって帰らぬ人となってしまいました。

納谷悟朗さんの場合、元々は声の仕事についてそこまでこだわっていませんでしたが、卓越した表現力と演技により一躍人気を獲得してしまったが、声の仕事に誇りというものを持っていなかった時期があったのは間違いないでしょう。ですが本人の意志に反して高い人気を獲得してしまったのだから、それはそれで皮肉な話だ。ただ90年代以降の若者にすれば納谷悟朗さんを声優だと認識している人の方が確実に多いため、それこそ本人にしたら意にそぐわない状況だったでしょう。